大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和37年(ヨ)483号 判決 1966年7月08日

申請人 高橋昭次 外一名

被申請人 久保田鉄工株式会社

主文

申請人両名が、被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。

被申請人は、申請人高橋昭次に対し昭和三七年二月一七日以降一ケ月金一四、六八一円、申請人福元一夫に対し同日以降一ケ月金一六、三七〇円の各割合による金員を各月二八日限り支払わなければならない。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者の申立

申請人両名代理人らは、主文同旨の判決を求め、被申請人代理人らは、申請人両名の申請をいずれも却下する。申請費用は申請人両名の負担とする、との判決を求めた。

第二、申請人両名代理人の主張

一、被申請会社は肩書地に本店を設け、尼崎市西向島町一六番地に尼崎工場を、その他の各地にも十数の工場を有し、従業員総数一万名余を擁し、農機具、鉄管、鋳物工作機械などの製造販売を業とする会社である。

申請人両名は、いずれも昭和三三年三月宮崎県宮崎郡清武町立清武中学校を卒業と同時に、被申請会社に雇用され右尼崎工場に勤務し、申請人高橋は爾来鋳物工として、また申請人福元は昭和三七年一月二六日までは旋盤工、翌二七日以降は雑役工として作業していた。なお申請人両名とも右入社以来その肩書地に所在する同工場明光寮(被申請会社所有)に居住し、同工場勤務の従業員をもつて組織する久保田鉄工尼崎工場労働組合の組合員であり、毎月二八日被申請会社から賃金の支払を受けていたが、昭和三六年一一月から昭和三七年一月までの三ケ月間に支払を受けた賃金の平均月額は、申請人高橋は金一四、六八一円、申請人福元は金一六、三七〇円であつた。

二、ところが被申請会社は、申請人両名が昭和三七年二月一日被申請会社から受けた同年二月一一日午後一一時までに明光寮を退寮せよとの命令に従わなかつたことに対し、右が被申請会社の就業規則第八九条三号前段並びに被申請会社と久保田鉄工労働組合連合会との間に締結されている労働協約第四六条三号前段にそれぞれ懲戒免職事由として規定している「職務上の指示、命令に不当に従わない場合」に該当するものとして、同年二月一六日申請人両名に対し懲戒免職に処する旨の意思表示をなし、申請人両名の就労を拒絶するに至つた。

しかしながら右懲戒免職は以下述べる理由により無効である。

(一)  本件免職は就業規則第九〇条並びに労働協約第四七条の「懲戒はすべて懲戒委員会に諮りこれを行う。」旨の規定に違反してなされた違法の処分である。

本件免職に関しては懲戒委員会が開催されていない。仮に昭和三七年二月一五日尼崎工場懲戒委員会が開催され、本件免職について審議したとしても、就業規則附属の懲戒委員会規定第一三条には「委員会は審議のため当事者及びその関係あるものに事情を聴取することができる。」旨及び第一五条には「委員会の審議をうけるものは委員会に出席し、または従業員中より一名の弁護人を申請することができる。反証の必要ある場合には自らまたは弁護人を通じて証人を申請し、または反証を提出することができる。」旨それぞれ定められているのに、申請人両名は右懲戒委員会が開催されることすら知らされず、従つて同委員会に出席する機会もなく、弁護人申請、反証提出の方途も全く閉ざされた状態におかれていたものであるから、右懲戒委員会の審議手続は違法である。するといずれにしても本件免職は懲戒委員会に対する諮問を経ないでなされたことに帰し無効の処分である。

(二)  本件免職は懲戒条項の適用を誤つた違法の処分である。

(1) 就業規則第八九条三号前段並びに労働協約第四六条三号前段にいう「職務上の指示、命令」とは一定の業務過程に組入れられた労働者に対する業務遂行上の指示、命令を指称するものであるが、前記退寮命令は被申請会社と申請人両名間に締結された明光寮入居についての賃貸借ないしは使用貸借類似の契約の解除措置であり、被申請会社の業務遂行とは直接関係のない命令である。従つて申請人両名が右退寮命令に従わなくても右懲戒事由に該当しない。

(2) 仮に前記退寮命令が右にいう「職務上の指示、命令」であるとしても、右退寮命令は次の理由により無効であるから、申請人両名はいずれにしても右懲戒事由に該当しない。

(イ) 右退寮命令は申請人両名の労働組合活動ないしはその思想、信条を理由としてなされた不法な差別的取扱いである。

申請人両名は組合役職の経歴こそないが、職場における組合活動家として常々自主的、民主的な組合活動を積極的に推進するために努力を続けてきたものであり、また申請人高橋は昭和三五年一〇月、申請人福元は昭和三六年四月いずれも日本共産党に入党し、党活動に従つてきたものである。

他方被申請会社はかねて事々に組合の運営に介入し、また日本共産党に対し甚しい偏見を抱き、従業員の間に同党の影響が滲透することを防止するため、申請人らを他の寮生及び従業員から孤立させ、企業から排除する機会をうかがつていた。その数例を挙げると、(A)被申請会社尼崎工場労務主任服部は昭和三六年一月二三日尼崎市文化会館において日本共産党の集会が開催された際、同会館前で見張りをし、被申請会社従業員のうちの参加者を確認していた。(B)、右服部は同年三月申請人福元に対し「申請人高橋らのグールプから手を引け、四月頃には全久保田をあげてアカの整理をするつもりだから、もし手を引かなければ会社をやめてもらわねばならない。」旨述べ、さらに二、三日後右服部は申請人福元が右申入のあつたことを申請人高橋に伝えたということで「約束を破つたから会社を退職せよ。退職しなければ解雇する。」と申請人福元に退職願の提出方を強要した。(C)同工場副長尾垣、勤労課長宮地らは同年三月二三日申請人高橋に対し思想問題に関し「会社をやめるか、会社に協力するか、転向するかの三つがあるがいずれの態度をとるか。現状のままであるならば解雇する。」旨述べた。(D)右尾垣副長及び服部主任は昭和三七年二月三日申請人高橋の生家(宮崎県宮崎郡清武町)を訪問し、同申請人の両親と申請人福元の母に対し申請人両名に前記退寮命令を発した経緯を述べ、申請人らが共産党から手を切るようにして欲しいと要請した。(E)その他被申請会社は申請人らと交際していると観察した従業員について申請人らとの交渉を断つよう強要し、或はその両親に手紙を出し両親を通じて申請人らとの交友を妨げるなどの手段をとり、被申請会社が右のような方法を講じていることについて当該従業員に厳重に口外することを禁止し、これを破つた従業員に退職を強要したり、不当な配置転換を行つてきた。

以上の事実から前記退寮命令は、申請人両名の組合活動及び申請人両名が共産党員であることを理由とするものであることが明かであり、労働組合法第七条一号の不当労働行為に該当すると同時に労働基準法第三条に違反する無効の命令である。

(ロ) 申請人両名には明光寮使用契約を解除されてもやむをえないような右契約上の債務不履行ないしは信頼関係破壊の事実はないばかりでなく、そもそも被申請会社の社宅、寮使用規程第二二条には「使用者はこの規定に違反し、または特に明渡しを命ぜられたときは一ケ月以内に明渡さねばならない。」旨規定されているので、明光寮の退寮命令についても一ケ月の明渡猶予期間を付すべきであるにかかわらず、申請人両名に対する前記退寮命令には僅かに一〇日間の猶予期間しか付されておらず右命令は権利の濫用である。

(三)  本件免職の真の理由は、申請人両名が共産党員であることを被申請会社において嫌悪したことにあることは既に前記(二)に指摘した事実からして疑問の余地がなく、従つて本件免職もまた労働基準法第三条に違反する無効の処分である。

(四)  被申請会社は本件免職に当り三〇日前に解雇の予告もせず、予告手当も支払わないが、申請人両名ともかかる予告なしの解雇がやむをえないものと認められるに十分な帰責事由もないから本件免職は労働基準法第二〇条に違反して無効である。

三、仮に被申請会社が昭和三七年二月一六日申請人両名を普通解雇する旨の意思表示をしたものとしても、前記労働協約第三八条一項には別紙のとおりの解雇事由が規定され、被申請会社において組合員たる従業員を適法に解雇しうるのは右事由のある場合に制限されている。ところが申請人両名に対する右普通解雇はいずれも前記解雇事由に該当する事実のないままなされたものであるから無効である。

四、すると申請人両名は現に被申請会社の従業員として雇用契約上の権利を有する地位にあるにかかわらず、被申請会社はこれを争うので、雇用関係存在確認並びに賃金支払の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、その勝訴判決の確定までの間被解雇者として取扱われることは、被申請会社から支払われる賃金によつて生計を維持する申請人両名にとつては、著しい損害を蒙るので本申請に及ぶ。

五、被申請人主張事実に対する反論

(一)  被申請人主張第二項(一)の事実についての申請人両名の反論

退寮命令発令の経過及び理由に関する主張事実のうち、明光寮自治会の臨時総会が開催された点、右総会の決議によりその翌日申請人両名の退寮を要求することにつき賛成の寮生の署名が集められていたことは認めるが、その余の事実は争う。もつとも申請人両名が従前門限に遅れたことはあるが、これについて特別に注意を受けたことはない。また申請人両名が他の寮生にアカハタなどの購読、集会への参加、選挙資金などのカンパを勧誘したことはあるが、これを強要したことはない。

(二)  同主張第二項(二)の事実について申請人高橋の反論

(1) 昭和三五年一二月二六日寮生和田透らと飲酒したのは、申請人高橋が盲腸手術のために入院中に見舞をうけた寮生に謝意を表わすためにしたことであり、その際同人らに飲酒を強要したことはない。

(2) 昭和三六年八月二六日及び同年九月一四日いずれも退勤時におけるタイムカードの打刻が遅れたのは、打ち忘れたものであつて、故意にしたことではない。また右九月一四日は午後五時に終業し、バレーボールをしてから午後五時二〇分にはタイムカードを打刻している。

(3) なお申請人高橋が右(1)、(2)の件であると告げられて減給処分に付されたことはあるが、従前かかる事案により懲戒された前例はなく、これまた同申請人の思想、信条を理由とする差別待遇であるから右処分は無効であり、同申請人には懲戒処分をうけた前歴がない。

(三)  同主張第二項(三)の事実について申請人福元の反論

(1) 昭和三六年六月一二日出勤時にタイムカードの打刻をしなかつたのは打ち忘れたものであつて、故意にしたことではない。また同日退勤時にタイムカードの打刻をしなかつたのは、同日終業後に職長に呼び出されて引き止められており、これがために退出時刻を徒過したからであつて、打刻をしないのは当然である。

(2) 製品を不良にしたというのは、旋盤を用いてロールの荒削り作業の際、誤つて削り過ぎたものであつて些細な業務上の過失にすぎない。

(3) 同年一二月二五日からの有給休暇及び翌三七年一月二一日の有給休暇の申出に際し虚偽の理由を告げたことはない。前者の場合は帰郷を理由に申請し、事実帰郷している。

第三、被申請人代理人の主張

一、申請人両名の主張事実中第一項の事実は認める。同第二項の事実については、被申請会社が申請人両名に対しその主張の退寮命令を発したこと、その主張のような就業規則、労働協約、社宅寮使用規定、懲戒委員会規定の条項のあることは認めるが、申請人両名が共産党員であり、組合活動を積極的に推進していたとの点は不知、その余の事実は否認する。同第三項の事実については被申請会社が申請人両名に対しその主張の日に普通解雇の意思表示をしたこと、労働協約第三八条一項にはその主張のような解雇事由が規定されていることは認める。

二、被申請会社が申請人両名を普通解雇した理由及びその適条は次のとおりである。

(一)  申請人両名は、明光寮の共同生活を乱して寮生の休養を妨げ、且つ退寮命令に従わない。申請人両名が起居している明光寮は、被申請会社が従業員の福利厚生と能率増進の一助として尼崎工場に附設した施設の一つであつて、同工場に勤務する独身従業員を収容しているが、同工場労資協議会には住宅、寮の使用に関する事項を審議決定する機関として住宅委員会が設けられているので、被申請会社は明光寮の入寮、退寮などについても、その都度同委員会の審議決定を経て行い、なお細部の運営は寮生の自治会に委している。ところで被申請会社が、申請人両名に明光寮からの退寮を命じたのは次の経過及び理由による。即ち昭和三七年一月三〇日同寮自治会役員から尼崎工場長にあて申請人両名を退寮せしめられたい旨の上申書が提出されたので、住宅委員会の審議に付されたが、同委員会は右上申は寮生多数の意思に基づくものかどうかにつき疑義ありとして上申を却下すべき旨の決定をした。そこで自治会では翌三一日夜申請人両名の退寮を求める件につき臨時総会を開催し、申請人両名も出席して討議の結果、賛成者の署名により採決することとなり、翌二月一日朝寮生の署名を求めたところ、全員一二三名のうち九四名の賛成署名をえた(残り二九名はほとんど夜勤者で当時在寮しなかつたものである)ので直ちに自治会役員から右署名書を添付して再度上申されたが、その理由とするところは、申請人両名は再三に亘る注意を無視して帰寮時刻(門限)を励行しないことが過度であるばかりでなく、寮内においても寮生の意思に反し執拗に新聞「アカハタ」、週刊誌「わかもの」を読むことをすすめ、特定団体主催の各種集会への出席を強い、参議院議員選挙において特定候補者のため選挙資金のカンパを強要する反面、同僚の真摯な生活態度をからかうなど、とかく日常の言動が独断偏狭であつて、寮における共同生活を乱すというにあつた。そこで即日住宅委員会において審議の結果、右上申理由は真実であり、結局のところ寮生の休養を妨げるものと認めて申請人両名に対し同月一一日午後一一時までに明光寮から退寮を命ずること、下宿探し、権利金などの融資については便宜を図ることを相当とする旨決定し、その旨工場長に上申したので、被申請会社は申請人両名に対し前記退寮命令を発したわけである。しかるに申請人両名は右命令に対し連署の抗議文を提出してこれに応じない。

(二)  申請人高橋は、これよりさき既に昭和三六年九月二〇日左記(1)、(2)の行為につき懲戒委員会の審議に付され、同年同月二三日減給一日の懲戒処分をうけている。

(1) 被申請会社においては、日頃未成年従業員の飲酒を厳に戒めているにかかわらず、同申請人は盲腸手術の余後を明光寮で静養中の昭和三五年一二月二六日当時いずれも年令一六才ないし一八才の在寮従業員であつた和田透、山本輝雄、椎原健、楢原義彦、木梨実、小林昇を寮外に誘つて飲酒を強要し、飲酒者のうちには酔つて苦悩するものも出たほどであつたので、工場長から右和田らを叱責、訓戒し、一同反省している失先、同申請人はこれを冷笑し、反つて飲酒を煽動して反省するところがなかつた。右行為は就業規則第八八条三号所定の減給事由に該当する。

(2) 同申請人は、(イ)昭和三六年八月二六日午後四時作業を終了し、その後はバレーボールをして遊んでいたのに、恰も午後五時頃まで作業を継続していたかの如くその時刻までタイムカードの打刻を遅らせて実働時間をいつわり不当に賃金を詐取しようとし、(ロ)さらに同年九月一四日も右と同様の実情でタイムカードの打刻を遅らせた。これらの行為は就業規則第四九条に違反するものであつて同規則第八八条二号所定の減給事由に該当する。

なお、同申請人に対して右(イ)の行為につき、当時上司から注意を与えていたので、右(ロ)の行為につき当時勤労課長及び職長から重ねて注意するとともに、始末書の提出方を求めた。ところが同申請人は始末書を提出することにつき尼崎工場労働組合に苦情を申し出たため、同組合から被申請会社に対し懲戒委員会を開催して審議するよう要求があり、その結果被申請会社は前記(1)、(2)の行為を合わせ懲戒委員会に付議したわけであるが、同委員会においても右各事実を認定し、同申請人の無反省の態度にかんがみ情状の認むべきものがないとの結論に達し、減給処分を相当とするとの審議結果を上申した実情にある。

(三)  申請人福元も左記のとおり従前訓告、説諭を受けている。

(1) 同申請人もまた昭和三六年六月一二日出勤時及び退勤時ともにタイムカードの打刻をしなかつた。右行為は就業規則第四九条に違反するものである。殊に出勤時の右打刻のなされていないことを発見した被申請会社から、当日直ちに同申請人に対し必ず打刻するよう注意を与えたにもかかわらず、退勤時には右注意を無視して意識的に打刻をしなかつた事情にあつたので訓告を与え始末書を提出せしめた。

(2) 同年同月二二日作業基準を守らず製品を不良にしたのでこの際も訓告を与え始末書を提出せしめた。

(3) 全従業員が昭和三六年の年末時に作業多忙の故をもつて特別の理由のない限り任意に有給休暇を取らないよう申し合わせていたにかかわらず、虚偽の理由を付して年末に休暇をとり、さらに翌三七年一月二一日にも同様に虚偽の理由を付して休暇を取り、もつて同僚工員の信頼を裏切り職務の誠実を欠き共同作業の協調を乱した。そこで職制から注意を与え、かかる行為を反覆しないよう誓約書の提出を求めたところ、反つて「誓約書提出拒否書」なるものを提出して反抗的態度を示したので、被申請会社において同申請人を説諭した。

(四)  しかして前記労働協約第四五条六号、第四六条三号、七号、九号、一一号には別紙のとおり懲戒事由がそれぞれ列記されているが、申請人高橋については前項(一)の点は第四六条三号、同(一)、(二)の点を総合すると同条九号に該当し、申請人福元については同(一)の点は第四六条三号、同(三)の(2)の点は同条七号或は第四五条六号該当行為の情の重いものとして第四六条一一号、同(一)、(三)の点を総合すると同条第九号に準ずるものとして同条一二号に該当するところ、右協約第三八条第一項五号にいう「第四四条第一号により懲戒免職のとき。」とは、要するに懲戒免職基準を定めた第四六条各号に該当する事由のあるときの趣旨であるから、結局申請人両名とも第三八条一項第五号に該当し、なお申請人高橋については同(一)、(二)の点を総合すると、同条同項四号前段に、申請人福元については同(一)、(三)の点を総合すると同条同項二号、四号前段に該当することが明かである。

仮に申請人両名が右三八条一項各号に該当しないとしても、同条項は解雇事由を例示したものであるから、被申請会社としては解雇権の乱用とならない限り、申請人両名を解雇する自由がある。そこで前記(一)ないし(三)の解雇事由を総合勘案すると、申請人両名の職場及び明光寮における各言動は、要するに上司に対しては常に反抗的で職場規律を無視し勤務に熱意を欠き、寮生に対しては独善的で協調性が認められず、就業規則第六条にいう「従業員は、諸法規並びに会社の諸規則、諸規定及び指示に従い誠実にその職務を行わなければならない。」とする服務の本質に根本的に違背するものである以上、被申請会社が申請人両名を企業組織から排除することは、企業秩序の正常な状態を維持しようとする使用者の立場としては止むをえない措置であり、本件解雇を権利濫用とされる余地はない。

三、なお、解雇予告手当については被申請会社は右解雇当日、申請人高橋に対しては平均賃金五〇三円四六銭の三〇日分として金一五、一〇四円を、申請人福元に対しては平均賃金五三八円五二銭の三〇日分として金一六、一五六円をそれぞれ提供したが、申請人両名ともその受領を拒絶し、さらに同月一九日再度右予告手当を提供した際にも、いずれもその受領を拒絶したので、被申請会社は同月二七日申請人両名に対する右予告手当を供託した。

四、もつとも被申請会社尼崎工場長(同工場長は申請人両名の任免並びに懲戒につき権限を有する)は、さきに申請人両名の前記第二項(一)の行為については申請人両名を懲戒する必要ありと認め、昭和三七年二月一五日同工場懲戒委員会の審査に付したところ、同委員会においては即日審議し、申請人両名を労働協約第四六条三号(就業規則第八九条三号)の適用により懲戒免職に処するを相当とする。但しその処分については申請人両名とも未成年者であり、その将来のことも考慮すべき旨決議し上申した。そこで被申請会社は右決議の趣旨をも考慮して申請人両名を前記のとおり通常解雇した経緯にあり、右懲戒委員会の開催については、尾垣副長が同日午前九時半頃同工場第三応接室において黒木工作課長、武内ロール製造課係長、宮地勤労課長の立会のうえ申請人両名に対し同委員会を同日午後一時から同工場会議室において開催する旨通告しているのに申請人両名とも出席せず、これがため同委員会は同日午後四時に至つて漸く開催されたのが実情である。

第四、疏明関係<省略>

理由

一、申請人ら主張第一項の事実は当事者間に争いがない。

二、申請人らは、被申請会社が昭和三七年二月一六日申請人両名に対し懲戒免職に処する旨の意思表示をした旨主張し、被申請人はこれを争うので判断する。

被申請会社が、同年二月一日申請人両名に対し同年二月一一日午後一一時までに明光寮を退寮せよとの命令を発したことは当事者間に争いのないところ、申請人両名本人は、いずれも同年二月一六日被申請会社尼崎工場尾垣副長から申請人両名が右退寮命令に従わないことを理由に懲戒免職する旨言渡された旨供述するが、右各供述は証人宮地康雄の証言、同証言により成立の認められる乙第六号証の二に照し措信できず、他に申請人らの右主張を認めるに足る疏明はない。しかしながら右証拠に成立に争いのない乙第七、第八号証の各二、右宮地証人の証言により成立の認められる乙第六号証の一を総合すると、同尼崎工場懲戒委員会は同年二月一五日申請人両名が前記退寮命令を拒否し、明光寮から退去しないため、右命令拒否の行為について審議し、即日申請人両名の右行為が就業規則第八九条、労働協約第四六条の各三号に該当するものと認めて懲戒免職を相当と決定し、右審議結果を同工場長に上申した。ところが同工場長は申請人両名の将来を考慮してこれを普通解雇することとし、翌一六日尾垣副長を通じ申請人両名に対し前記上申の内容を伝えるとともに、特に工場長の裁量により申請人両名を普通解雇の扱いとする旨説明し、解雇予告手当としてその場で申請人高橋に対し金一五、一〇四円、同福元に対し金一六、一五六円を提供して解雇を申し渡したことが認められるので、申請人両名は右により被申請会社から普通解雇の意思表示を受けたものといわなければならない。

三、しかして被申請会社と久保田鉄工労働組合連合会(成立に争いのない甲第二号証によると、被申請会社尼崎工場労働組合は、同連合会を構成する単位組合であることが認められる。)との間に締結されている労働協約第三八条第一項には別紙のとおりの解雇事由が列挙されていることは当事者間に争いがないところ、被申請人は、申請人両名に対する右普通解雇は、申請人両名が同条項四号前段及び五号にそれぞれ該当するほか、申請人福元が同条項二号に該当するがためになされたものである旨主張する。しかしながら右四号前段の「やむを得ぬ業務上の都合のとき」とは、右規定の文言及び同号後段に「企業整備実施のとき」という事由が並記されていることを合せ考えると、要するに被申請会社に帰責原因があると否とを問わず、経営障害などの専ら会社側に存する企業経営上の事由に基因し、雇傭関係を維持しがたい場合を指すものと解するのが相当である。果してそうだとすると、申請人両名に対する本件普通解雇については、被申請会社側に申請人両名との雇傭関係を存続できないような企業経営上の事由が存したことについては何の主張、立証もないから、右四号前段の規定を援用して申請人両名に対する本件解雇を正当づけることはできない。

そこで以下、被申請人において解雇事由として主張する各事実の存否を検討し、これが前記二号、五号に該当するか否かを判断することとなるが、右五号の「第四四条第一号により懲戒免職のとき。」とは、前記協約第四六条に定める免職事由(但し情状により出勤停止または減給事由)に該当し、その情状において免職を相当とするときの趣旨であることは成立に争いのない甲第二号証により明かである。

よつて順次疏明される事実につきまずこれが被申請人の指摘する右第四六条三号、七号、九号、一一号(第四五条六号該当行為の情の重いとき)、一二号(九号に準ずる場合)(右各号が別紙のような懲戒事由を規定していることは前掲甲第二号証により疏明される。)に該当するか否かにつき考える。

(一)  申請人両名の明光寮関係事実について

(1)  申請人両名の退寮命令拒否について

申請人両名が前記退寮命令に定められた退寮期限を徒過し、本件解雇の意思表示をうけた当時、なお明光寮から退去していなかつたことは申請人らの争わないところであるが、前記協約第四六条三号前段にいう「職務上の指示、命令」とは、当該従業員の就労過程において上司から発せられた業務に関する指示、命令を指称するものと解する。ところが申請人両名は従前単に寮生として明光寮に起居するものであることは前記のとおりであるから、本件退寮命令は、要するに申請人両名が明光寮居室を専らその生活の場として使用することを目的として被申請会社との間に締結した入寮契約についての解除通告並びに明渡催告であることに帰し、何ら申請人両名の職場における業務に関連のない命令であることが明かである。すると申請人両名が右命令に従わないことをもつて右三号前段の免職事由に該当するものと解することができない。

(2)  申請人両名の従前の寮生活態度について

申請人両名の門限違反が過度であるとの点については、成立に争いのない甲第四、第五号証、証人山本敏英の証言により成立の認められる乙第四号証の一、証人宮地康雄の証言により成立の認められる乙第二三号証、証人小原博、同宮地康雄の各証言を総合すると、次の事実が疏明される。

明光寮は被申請会社の採用した未成年の職業訓練生及び訓練期間終了後も引続き被申請会社に雇用され、尼崎工場において就労中の独身工員を収容している労働基準法にいう「事業の附属寄宿舎」であり、被申請会社はその門限については明光寮自治会の同意をえて作成した明光寮使用規則第一条でもつてこれを二三時と定め、なお帰寮が右門限を過ぎる場合はあらかじめその旨を寮監まで届出るように命じていた。ところが申請人両名は他の寮生に比較すると、何ら特段の事由もないのに門限後に帰寮することが多く、例えば昭和三六年九月四日から同三七年一月二一日までの間についてみると、他にも多数の寮生が事前の届出なしに門限後に帰寮しているが、比較的その回数の多いものでも一〇回を超えることがないのに、申請人高橋は二〇回、同福元は三六回に達している。そして同年一月中旬頃には申請人福元と同室の寮生二名から寮自治会役員に対し、同申請人の帰寮時刻が遅くて迷惑するとの理由で部屋替えを希望する申出でがあり、またこれよりさき申請人高橋と同室の寮生からも右同様の理由から同申請人に対する苦情が出ていた。以上の事実が認められる。

また被申請人において申請人両名が寮の共同生活を乱し、寮生の休養を妨げるとして指摘するその余の事例については、成立に争いのない乙第三七号証の一、二、証人宮地康雄の証言により成立の認められる同号証の三、証人黒田秀郎、同小原博の各証言、申請人両名各本人の供述を総合すると、申請人両名は日常寮生活の間に寮生に対し新聞アカハタ、週刊誌わかものなどの購読及び共産主義関係の書籍を読書することをすすめ、共産主義団体の主催する映画会(中国、北朝鮮映画、講演)の切符購入や右会合への出席を勧誘し、また参議院議員選挙に際し日本共産党所属の立候補者後援のための資金カンパや署名を求め、申請人高橋は同じく寮生に対し同党関係の舎屋建築その他の事業のための資金カンパをも求めていたことが疏明される。しかしながら申請人両名のそれぞれ右の場合における寮生に対する態度が執拗であり、強要にわたる状態であるとの被申請人の主張については、証人黒田秀郎は申請人高橋が前記映画会切符を購入するよう寮生に勧誘する態度に関し右主張に副う証言をし、また前掲乙第三七号証の三には、同申請人が寮生横山らに対し前記資金カンパを求めるについていかにもその態度が執拗であつたかのように記載されているが、右各証拠はこれを申請人高橋本人の供述に照すときは、同申請人の当該場合における寮生との交渉状態を正しく伝えているものとはうけとれず、前掲乙第四号証の一、証人小原博の証言によるも未だ被申請人の右主張を肯認するに十分な心証をえられない。

(3)  そこで申請人両名の従前の寮生活態度が右に疏明されたとおりとすると、申請人両名の門限後の帰寮回数が多く、これがため同室寮生らに迷惑をかけていた点は、明光寮における共同生活の秩序を乱すものであり、もとより看過することはできないけれども申請人両名の右職場外の行為をもつて前記協約第四六条三号後段にいう「職場の秩序を紊したり、紊そうとしたとき」に該当するとするためには、申請人両名の右行為が他の寮生の職場における能率に悪影響を与え、その業務を妨害するに至つたような具体的事実がなければならないものと解するのが相当である。しかるに右事実については何ら疏明のない以上、申請人両名の前記門限違反は、右免職基準に該当しないものといわなければならない。

(二)  申請人高橋の素行及び職場関係事実について

証人宮地康雄の証言により成立の認められる乙第二四号証、証人黒田秀郎、同宮地康雄の各証言、申請人高橋本人の供述を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  被申請会社においては、訓練生らの未成年従業員に対しては飲酒、喫煙しないように厳に戒めていたが、申請人高橋は未成年で訓練生当時の昭和三五年一二月一六日頃楢原ら六名の寮生(いずれも当時未成年訓練生)を誘い尼崎市内の屋台店でともに飲酒し、なお翌日工場長が前記六名の寮生に対し注意を与えたところ、申請人高橋は当日右注意を受けた寮生和田に対し「自分の金で飲酒するのにいちいち叱かられることはない。」旨申し告げた。

(2)  申請人高橋は昭和三六年八月二六日午後四時作業を終了したが、直ちにタイムカードを押さず、バレーボールの練習をして午後五時すぎにタイムカードを打刻し、その翌日所属課長から注意をうけたのに、同年九月一四日にも同じく午後四時作業を終了したが、バレーボールの練習をして午後五時一五分にタイムカードを打刻した。

以上の事実が認められ、申請人高橋本人の供述中右認定に反する部分は前掲証拠に照し信用できない。

しかして成立に争いのない甲第一号証によると、被申請会社の就業規則第四九条には、「従業員は出勤及び退勤をする際には自らその時刻を記録し、所定の手続をしなければならない」旨定められ、同規則第八八条に減給事由を列挙し、その二号に「勤務に関する手続その他の届出を詐つたとき」、その三号に「勤務怠慢、素行不良またはしばしば諸規則並びに誠実義務に違反したとき」と規定されていることが疏明されるところ、成立に争いのない乙第一一号証、前掲乙第二四号証、申請人高橋本人の供述を総合すると、同申請人は昭和三六年九月二三日前記(1)、(2)の行為が右第八八条二号、三号に該当するものとして減給一日の懲戒処分をうけたことが認められる。

しかしながら右(1)の飲酒については、申請人高橋本人の供述によると、同申請人が昭和三五年一二月盲腸手術のため入院中、寮生楢原の見舞をうけ、その際同人に対し退院の暁には祝酒を飲まうと約束したため、その後退院静養中に本復祝として前記のとおり飲酒した事情にあり、また寮生和田に対し発した前記言辞も一時の反撥心から出たものであつて、格別同僚寮生らに飲酒を勧奨したものでないことが認められるから、申請人高橋の右一連の行為をもつて直ちに同申請人が素行不良のものとは認め難い。従つて右(1)の行為は前記第八八条三号の事由に該当しないけれども、右(2)の行為は同条第二号の事由に該当することが明かである。

申請人高橋は、右減給処分は同申請人の思想、信条を理由としてなされたものである旨主張するがその疏明は十分でなく、他に右処分を無効ならしめる証拠はない。

(三)  申請人福元の職場関係事実について

(1)  申請人福元が昭和三六年六月一二日出勤時及び退勤時ともにタイムカードを押さなかつたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一三号証の一、証人黒木節男、同宮地康雄の各証言、申請人福元本人の供述を総合すると、次の事実が認められる。

申請人福元が右出勤時のタイムカードを押さなかつたのは、格別悪意があつてしたわけではなく単に打刻し忘れたものであるが、右退勤時の打刻をしなかつたのは、当日終業時である午後四時以前から職長に呼び出され、午後五時一〇分頃までかねて申請人の加入しているサークルと称する同僚間の研究会のことについて注意をうけていたので、終業後直ちにタイムカードを押すことができず、既に登校(同申請人は当時尼崎高校定時制に通学していた)の時刻も迫つていたので、右の事情を担当者に届出る時間的余裕がなかつたためである。しかしながら尼崎工場においては退勤時のタイムカードの打刻を誤り或は打刻しないまま退勤した従業員は翌日担当者にその事情を説明してタイムカードの訂正、記入を申し出ることを慣行としているのに、同申請人はその後右退勤時のタイムカードの記入方を届け出ないままであつたし、なお右出勤時のタイムカードの打刻をしなかつたことについては、既に当日午前中に上司から注意をうけ、今後は気をつける旨誓約した始末書をその場で提出していた。

そして右に疏明された申請人福元の行為のうち、出勤時のタイムカードを押さなかつたことは、前記就業規則第四九条に違反する行為であり、退勤時のタイムカードを押さなかつたことはこれを宥恕しうる事情にあつたものの、翌日直ちにタイムカードに右退勤時刻の記入方を申出ることなく放置していたことは前記のような職場慣行を無視するものであつて、職場秩序を乱す行為との評価を免れない。

(2)  同申請人が不良の製品を出したとの点については、成立に争いのない乙第一三号証の二、証人宮地康雄の証言により成立の認められる乙第二五号証の一ないし五(但し同号証の二はイ、ロ)、証人黒木節男、同宮地康雄の各証言、申請人福元本人の供述を総合すると、次の事実が認められる。

申請人福元は昭和三六年六月二一日当時同工場工作課機械加工係ロール班に所属して第一機械工場で旋盤工として勤務していたので、西川伍長から鋳鉄製ロール(黒皮寸法外径二六六粍)を粗削りすることを命ぜられ、右ロールの注文(仕上り)寸法が外径二五四粍であることを明かにした図面も交付された。ところで右の粗削りの場合は注文外径寸法に仕上げ代として五粍を加算したものを粗削り外径寸法とすることとなつており、申請人福元もこれを承知していたので、仕上げ代を見込んだつもりで右ロールを旋盤にかけた。ところが同申請人はその実前記図面の外径寸法を読み違えたため荒削り外径を二五四粍にするものと誤信して削つており、作業途中で右の誤りに気付き中止したが、既に右ロール(注文寸法長さ三三・五吋)は端から九五粍の長さまで外径二五三・五粍に荒削りされていた。このため右ロールはその後仕上げ加工しても注文寸法外径より一・五粍ないし二粍不足の不合格品となつて出荷できず廃品となつた。その後代鋳品の完成をまつて受注品(同規格ロール)九本を同時出荷したが、右ロール一本当りの受注金額は金二七、一〇〇円である。しかして同申請人は右ロールの削りすぎについて西川伍長から注意をうけ、翌二二日右不始末を詫びた西川伍長、黒木課長、勤労課長宛の「始末書」を提出した。

以上の事実が認められ、申請人福元本人の供述中右認定に反する部分は前掲証拠に照し措信しない。

そこで申請人福元の右行為により被申請会社にいくばくかの損害を与えたことは明かであるが、故意に右ロールを削りすぎたものでない以上、右行為が前記労働協約第四六条七号に該当しないことは明かである。のみならず申請人福元は右作業に当つては絶えずバス、スケールを使用して削り代を確認するなど所定の作業基準を遵守していたことは、同申請人本人の供述により疏明されるところであるから、右ロールの削りすぎが果して重過失に基くものと断定できるかどうかは疑わしい。仮にこれを肯定し、右行為が前記協約第四五条六号に該当するものとしても、既に疏明された事実から明かなように、同申請人の右行為により被申請会社に生じた損害は必ずしも多額のものとはいえない以上、右行為は到底前記六号該当行為の情の重いときとの協約第四六条一一号の免職事由に該当するものと解することはできない。

(3)  申請人福元が昭和三六年一二月二六日から同年同月二九日までの四日間及び翌三七年一月二一日いずれも有給休暇をとつたことは当事者間に争いがなく、申請人福元本人の供述によると、同申請人は右一月二一日所用のため欠勤するに当り、当日朝寮生谷山に対し有給休暇申出の手続をしてくれるよう依頼したが、被申請会社では有給休暇の理由をも届けさせる取扱いにしていたため、谷山から右申出についてはどのような理由を付するかを相談され、結局同人の意見に従い腹痛を理由として当日の有給休暇の申出をし、予定の所用を足すため外出していたことが認められる。しかしながら同申請人が右一二月下旬の四日間の有給休暇を申し出るについて虚偽の理由を付したとの被申請人の主張については、これに副う証人黒木節男、同宮地康雄の各証言部分は、申請人福元本人の供述に照すときは信用することができず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。反つて証人宮地康雄の証言、申請人福元本人の供述を総合すると次の事実が認められる。

申請人福元の母は先夫(同申請人の父)が戦死しているため昭和三五年事実上再婚し、引続き前記宮崎県清武町に居住していたが、右再婚については未だ婚姻届をしていなかつたので、同申請人は母が内縁関係のままでいることが気掛りになつており、かねがね帰省して直接母らと話合い婚姻届をしてもらおうと考えていた。ところが尼崎工場では被申請会社の年末、年始休日が一二月三一日から一月三日までであるので、毎年一二月三〇日と一月四日を定休日とすることに繰合わせ、事実上年末年始の休みを一二月三〇日から一月四日までとしていたが、同申請人としては、母の婚姻届の用件で町役場に出向くためにはその御用納め前に数日の余裕を見込んで帰省しなければならない事情にあつた。従つて申請人福元は同年一二月二五日黒木工作課長(代理)に対し、右の事情のための帰省が目的であることを説明して前記四日間の有給休暇を申し出たので、同課長もこれを承諾した。そこで同申請人は直ちに清武町に帰省し母らの意向をきいたところ、当人ら間では内縁のままでいることについて互に了承されており、母からは現状の方がよい事情にあることなどの説明もうけ得心したので、同月三一日明光寮に帰寮したものである。

すると申請人福元が前記一月二一日の有給休暇を請求するについて虚偽の理由を付したことは明かである。しかしながら元来使用者は労働者の有給休暇請求に対してはその理由のいかんによつてこれを拒否することはできず、ただ例外としてその申出のあつた時季に休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合に限り時季変更権を有するわけであるから(労働基準法第三九条三項)、労働者は有給休暇の請求については何ら理由を付する必要はなく、従つてたまたま開示された理由が虚偽のものであつたとしても、使用者が右請求に対し現に時季変更権を有するか、或は右変更権の生じることが客観的に予測されるなど、特設の事情ある場合のほかは、単に虚偽理由を付したことをもつて誠実義務に違背するものということができないものと解するのが相当である。ところが申請人福元の右有給休暇請求について前記のような特段の事情のあつたことは何らの疏明がない。

(四)  そこで申請人両名の本件解雇事由を個別的に検討した結果は以上のとおりであるが、次に申請人高橋は前記のとおりさきに減給処分をうけており、同福元は従前懲戒処分をうけたことはなかつたものの、前記のとおり就業規則第四九条や職場慣行違背の行為があり、次いで過失によるロールの削りすぎによつて被申請会社に損害を加え、当時いずれもこれら行為について始末書を提出していたものであるが、申請人両名とも前記のとおりその後も明光寮において門限違反を繰り返し、退寮命令(仮に該命令が有効なものと仮定し)についてもこれを拒否したことを総体的に観察すると、果して被申請人の主張するように申請人高橋が前記労働協約第四六条九号に、同福元が同条項に準ずるものとして同条一二号に該当するものであるか否かを検討する。

右九号の規定は、要するに従前反覆して懲戒処分をうけたにもかかわらず、同種或は類似の職場規律に背反する場合のように当該従業員に企業秩序を無視する態度が客観的に明白であつて、従業員としての適格を疑わしめる事情にある場合に、はじめて適用さるべきものであり、従つてまた同号に準ずるものとして右一二号に該当すると認めるためには、たとい懲戒をうけた前歴がなくとも、従前懲戒事由に該当する行為を反覆し、その都度その将来を戒められていることのほかは前同様の要件を具備することを要するものと解するのが相当である。そこで申請人高橋についてこれをみると、同申請人は前記のように従前一回の減給処分をうけたにすぎない。しかも右懲戒事由はタイムカードに虚偽の退勤時刻を打刻したという全く職場規律背反の行為であり、他は明光寮における門限違反という私生活の場における共同生活を乱す行為であり、前記退寮命令の拒否とともにいずれも被申請人主張の懲戒事由に該当しないことは前認定のとおりである。また申請人福元についてみるも、同申請人の職場秩序の違反行為として懲戒事由に該当するものと認められるのは、前記六月一二日のタイムカードを打刻しなかつた案件にすぎず、その後における同申請人の明光寮関係事実についての評価は、申請人高橋についてみたところと同様である。すると申請人高橋が前記九号、同福元が前記一二号(九号に準ずるもの)にそれぞれ該当するとする被申請人の主張は前示説示に徴しその疏明がないといわなければならない。

(五)  以上のとおりであるから、結局申請人両名とも被申請人の指摘する前記労働協約第四六条所定の免職事由に該当しないことは明かであり、従つて申請人両名が同協約第三八条一項五号に該当すると認めることはできない。

なお、被申請人は、申請人福元が右第三八条一項二号の解雇事由に該当する旨主張しているので、この点について検討すると、同申請人についての解雇事由として主張された事実のうち、技能、能率に関するものはわずかにロールの削りすぎの一件であるが、既に疏明されたところから明かなようにこれをもつて直ちに申請人福元が被申請会社から終局的に排除されなければならない程その技能、能率が著しく不良のものとは到底認めることができない。従つて同申請人が右二号の解雇事由に該当するとの右主張は採用できない。

四、以上により申請人両名とも、被申請人の指摘する右第三八条一項の解雇事由に該当するものでないことは明かであるが、さらに被申請人は、同条項はただ解雇事由を例示的に列挙したものであり、従業員がこれに該当しない場合においても解雇権の濫用とならない限り従業員を解雇する自由を有する旨主張するので、この点について考えるに、前記第三八条一項所定の解雇事由を通覧すると、同条項には従業員(組合員)側及び使用者側の双方の事由が含まれ、およそ解雇の予測される場合をほとんど列挙しているものと認められるばかりでなく、それそも右規定が労働組合の団結力をもつて労働条件を確保することを目的とした労働協約中の解雇事由規定であることをも合せ考えると、同条項は解雇事由を制限的に列挙したものと解するのが相当である。従つて被申請会社が組合員たる従業員を解雇するについては、右条項の制約をうけ、所定の事由に該当しないままになされた解雇は違法であり無効のものであるから、被申請人の右主張も採用できない。

五、すると被申請会社が申請人両名に対しなした本件解雇の意思表示はその効力を生じるに由なく、申請人両名ともその後引続き被申請会社の従業員であるにかかわらず、被申請会社においてこれを争い申請人両名の就労を拒否し、他方申請人両名本人の各供述によると、申請人両名はいずれもこれがため恒常的な収入の途をとざされた状態にあることが認められるので、本件仮処分の必要性についてもその疏明十分である。

よつて本件申請は、本件退寮命令についての適否を論ずるまでもなく正当であるからこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 朝田孝 安間喜夫 佐藤貞二)

(別紙)

労働協約

第三八条 会社は組合員が左の各号の一に該当するときは解雇する。

一、精神又は身体に障害があつて回復の見込がないとき。

二、勤務怠慢により技能、能率が著しく不良であると認めたとき。

三、第十条により除名されたとき。

四、やむを得ぬ業務上の都合並びに企業整備実施のとき。

五、第四四条第一号により懲戒免職のとき。

六、第三六条第一項本文に該当したとき。

七、其の他前各号に準ずる事由のあるとき。

(第二項、第三項省略)

第四五条 組合員が左の各号の一に該当するときは減給する。但し情状によつては譴責に止めることができる。

(一号ないし五号省略)

六、重大な過失によつて会社に損害を与えたとき。

(七号ないし十四号省略)

第四六条 組合員が左の各号の一に該当するときは免職に処する。但し情状によつては出勤停止又は減給に止めることがある。

(一号、二号省略)

三、職務上の指示、命令に不当に従わない場合及び職場の秩序を紊したり、紊そうとしたとき。

(四号ないし六号省略)

七、故意に会社に損害を与えたとき。

(八号省略)

九、数回懲戒を受けたにも拘わらず尚改悛の見込がないとき。

(十号省略)

十一、前条第四号ないし第十一号に該当しその情が重いとき。

十二、その他前各号に準ずる行為のあつたとき。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例